社長は「デパ地下」のケーキを毎日3個ずつ食べ続けた – J-CASTニュース

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 「デパ地下」という言葉を聞くようになって20年近くたつだろうか。デパートの地下にある食品売り場。その「日本一」と聞いて、どこを思い浮かべるだろう。

 関東の人なら、ちょっと考え込むかもしれない。関西の人なら、すぐにあそこだな、と正解を言い当てるはずだ。

売り上げの中で食料品が突出

 本書『日本一の「デパ地下」を作った男』(集英社インターナショナル)は、その正解、梅田駅の阪神百貨店の社長・会長を務めた三枝輝行さんについてのノンフィクションだ。著者はビジネス物を手掛ける元産経新聞記者の巽尚之さん。

 もちろんこの「日本一」には、何か特別な定義があるわけではない。著者によれば、「デパ地下」に力を入れた三枝さんが社長を退任した2005年、阪神百貨店は売上高約1000億円のうち食品が約4割を占めた。その後の18年の調査では、売り上げに占める食料品比率は、高島屋が28%、三越伊勢丹ホールディングスが25%、そごう・西武が21%。全国平均では約3割という中で、阪神はさらに数字を延ばし約45%だという。まさに「デパ地下ナンバーワン」といえるだろう。

 JR、地下鉄、阪急、阪神電車が集まる梅田の地下街。東京で言えば新宿のような場所だ。阪神デパートに一歩入ると、名物のいか焼きの匂いがぷーんと鼻に飛び込んでくる。デパートなのに、立ち食いのコーナーがあってお客さんが並んでいる。店内では阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」が鳴り響いている。これぞ大阪という泥臭さとアクの強さに満ち満ちている、というのが評者の知る阪神百貨店だ。デパートなのにカッコつけていない。

「脇役」を「主役」にする

 著者によれば、デパート地下の食品売り場というのは、かつては脇役だった。戦後長く、バブル期まではファッションが主役。梅田では、一流が阪急、二流が阪神というランク付けがあり、ファッションメーカーは、自社の一流ブランドを阪急に置き、二流を阪神に回す傾向があったという。デパートの社員として、三枝さんは長年、悔しい思いを蓄積していた。何とかして、鼻を明かす方法はないか。

 そこで思いついたのが、「脇役」を「主役」にするということ。食品売り場の改革に取り組んだ。通路を広げ、出店を整理し、全国の名産や名店が並ぶようにした。実演販売などアトラクション、お祭り的なイベントにも力を入れ、「阪神のデパ地下はオモロイ」と評判になる。一方で「いか焼き」など、阪神沿線の庶民客向けのコーナーは変えなかった。

 三枝さんが特に注意を払ったのはケーキだ。女性はケーキが好き→ケーキがおいしいと女性客が増えて買物客でにぎわう、という理屈だ。そこで毎日、店のケーキを3個ずつ買って味見をした。社長になってから7年半も続けたというから驚く。

質流れのブランド品のセールにも力を入れた

 関西では、阪急沿線に金持ちが住み、阪神沿線は庶民が住むという「住み分け」が歴然としている。デパートは、金持ちが高級品を買いに行くところ、というのがかつてのイメージだった。阪神は絶対的に不利だった。しかも、梅田の駅では、阪神と阪急は近接している。こうした幾重もの不利をはねのけ、阪神のポジショニングを高めるには如何にすべきか。

 本書では、阪神が質流れ品セールに力を入れた話が興味深い。百貨店は高級ブランド品を扱っているので、通常は、質流れのブランド品のセールは避ける。ブランドの側からクレームが入りかねないからだ。ところが阪神はそれをやった。なぜか。理由は簡単だ。当時は、阪神には名だたるブランドが出店していなかった。「質流れのエルメスやグッチなど、誰が買うものか」とも言われたが、飛ぶように売れた。品物を質に入れるのは北新地のホステスらだったという。お金持ちの常連にねだって、同じブランド品を複数入手する。一つだけを手元に置いて、余ったものは換金する。

 著者は当初、サラリーマン社長の物語、ということで、本書の執筆に余り気が乗らなかったという。しかしながら話を聞いてみると、面白い。「サラリーマン社長でこんなにすご人物は見たことがない」と書いている。実際に部下として仕えた社員はきっと大変だったに違いない。





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