被災工場、決意の再出発 九州豪雨 「待ってます」背中押され – 西日本新聞

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 九州豪雨で金型工場が被災し、一時休業を余儀なくされていた福岡県東峰村の熊谷正義さん(69)一家が多忙な毎日を送っている。創業30年目に襲った土砂崩れによる被害総額は約1億円。廃業も考えたものの、「一瞬の土砂崩れで終わりたくない」とマイナスからの再出発を決断した。待っていてくれたお客さんのためにも「前向きに、確実に、一歩ずつ」。感謝を胸に仕事と向き合う。

 正義さん、妻の静香さん(68)、長男の裕文さん(42)、次男の文武さん(40)で協力し、自動車や家電製品などの部品を作る金型を製造。村内や同県朝倉市、大分県日田市などのメーカーの下請け企業がお客さんだ。

 豪雨の日。工場から約100メートル離れた大肥川の水位が上がり、普段は見えないはずの水面が目に飛び込んできた。夕方には、避難所に続く道路が水や土砂で遮られ孤立状態に。一家は近くの高齢者らとともに工場近くの小屋に身を寄せた。

 異変は午後9時半ごろ。「バキバキバキ」「ゴー」。巨大な音が響き、誰かが「逃げろ」と叫んだ直後、土砂と杉の木が小屋に飛び込んできた。工場の裏山の土砂崩れだった。奇跡的にけが人はなかったものの、創業時からある工場は無残な姿に。土砂は壁を突き破り、山側にあった6トンもある機械を20メートル近く押し流した。20台中18台の機械が駄目になった。

 再開には大きな借金が伴う。廃業も頭をよぎったというが、裕文さんは「もう一回、希望を持ってやってみようっち」。2008年のリーマン・ショック時には受注が激減し、1カ月の労働時間が4人で2時間だったこともあった。でも「悪いことはずっと続かない」と歯を食いしばり、乗り越えてきた。豪雨後、泥出しを手伝ってくれたボランティア、被災直後に心配して「待ってます」と声を掛けてくれたお客さんにも、背中を押された。

 2カ月後、壊れた機械を運び出し、工場を解体して再建。中古の機械を買いそろえ、今年1月、操業を再開した。休業の影響を心配していたが「熊谷さんがおらんと困ったよ」。たくさんの仕事が舞い込んだ。裕文さんは「助けてくれた人たちのおかげ。災害を言い訳にせず、しっかり仕事をするだけ」と話す。

 豪雨から5日で1年。裕文さんは村民の変化も感じている。豪雨の話題でも、後ろ向きな言葉は少なくなり、「復旧はいつかな」など明るい言葉が増えてきた。「みんな大変だけど、みんな頑張ってる。これから恩を返していきたい」。しっかりと、前を見据える。

=2018/07/04付 西日本新聞夕刊=





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