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車検・メンテナンス[2018.02.23 UP]

【旧車趣味】TOYOTA ランドクルーザー(40系) その1 軍用車両をルーツに持つトヨタ初の本格4×4オフローダー

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近年は国産プレミアムSUVとしても評価が高いランドクルーザーだが、その本質は高性能オフローダー。歴代の中でも、スパルタンな風貌と本格的な悪路走破メカニズムが与えられた40系は、羨望の眼差しを受け続ける、特別なランドクルーザーだ。

悪路を苦にしない高性能は国内はおろか、海外でも高評価

 悪路での走破性はもちろん、機械としての信頼性の高さで、世界中で愛されているトヨタ・ランドクルーザー。

 そのランドクルーザーのルーツとなったトヨタ初の4輪駆動車は、日本陸軍がフィリピンで接収したバンタムMk2(バンタム製Jeep)を模倣した軍用車を製作することを命じられ、乏しい資材の中で作り上げたトヨダAK10だ。その後、陸軍に正式採用され、四式小型貨物車と呼ばれた。このAK10は本格的に量産する前に終戦となったが、1951年、警察予備隊の発足に伴い、多目的自動車が必要だと考えたトヨタは、警察予備隊への納入を狙ったjeep型の乗用車「トヨタ・ジープBJ」を開発した。小型トラックのシャシーに四輪リーフリジットのサスペンションを備え、直6OHV3.4Lエンジンを搭載したトヨタ・ジープBJは本家のウイリス・ジープを凌ぐ性能を得た。しかし、入札の結果はウイリス・ジープをライセンス生産した三菱ジープに決定した。入札には敗れたものの、国家地方警察のパトロールカーや消防車に採用された。1954年6月「ジープ」という名称がウイリス社(当時)の商標であることが判明し、「トヨタBJランドクルーザー」へと名称を変更。ここで正式にランドクルーザーが誕生した。

 翌1955年8月には早くもモデルチェンジが行われ型式が20系となる。3種類のホイールベースに2種類のエンジンを用意し、数多くのボディタイプが用意された。引き続き警察のパトロールカーや消防車に採用されたほか、積極的に輸出も行われた。不整地が多い地域を中心に海外での人気も高く、1959年からはブラジルでの現地生産が開始されている。

 1960年1月。乗り心地や居住性にも配慮した新型、40系が登場。70系にモデルチェンジされるまで24年間にわたり生産されることとなる。

○SPEC

(ディーゼルバンタイプ)全長×全幅×全高:3915×1665×1940mm、ホイールベース:2285mm、車両重量:1695kg、乗車定員:4 名、ミッション:4速MT、エンジン:3168cc水冷直列4気筒OHVディーゼル、最高出力:93PS/3600 rpm、最大トルク:22.0kg -m/2200 rpm、使用燃料:軽油

卓越した基本性能の高さもあり20年以上のロングセラーを記録

 1960年1月に発売された40系は、2285mmのホイールベースモデルFJ40、2430mmのホイールベースで最大8人乗りボディを持つFJ43、2650mmのロングホイールベースを持つ5ドアのワゴンタイプFJ45Vの3タイプを用意。エンジンは直列6気筒OHV3878ccのガソリンエンジンF型を搭載していた。最高出力は125ps/3000rpm、最大トルクは29.0kg -m/1800rpm。翌61年には輸出仕様のみであったハードトップが国内にも投入された。当初のランドクルーザー40はパトロールカーや消防車、営林局などの業務で使用されることが多く、一般の自家用車としての認識は低かった。

 1967年7月には最初のマイナーチェンジが行われ、FJ45Vが50系の誕生により消滅。ハードトップモデルのルーフがブレス鋼板からFRP製に変更されている。1973年にはロングホイールベースモデルに直列6気筒OHV3567ccのH型ディーゼルエンジン(最高出力91ps/3600rpm、最大トルク20.8kg -m/2200rpm)を追加し、翌1974年からはロングを除くすべてのボディタイプに直列4気筒OHV2977ccのB型ディーゼルエンジン(最高出力85ps/3600cc、最大トルク20.0kg-m/2200rpm)が選択できるようになった。ちょうどこの頃、日本では登山やキャンプなどのアウトドアブームが到来したこともあり、ジープやランクルも注目を浴びた。オイルショック対策で追加したディーゼルモデルは、経済性の高さと乗りやすさで人気を博し、高い居住性と端正なスタイルが、レジャービークルとして一般ユーザーにも受け入れられることとなる。

 1979年2月に2度目マイナーチェンジを行い、国内仕様のディーゼルエンジンを2B型(直列6気筒OHV3168cc、最高出力93ps/3600rpm、最大トルク21.9kg-m/2200rpm)に変更。ボディの設計も大幅に変更されている。燃料タンクの位置も見直され、容量は65Lから95Lへ拡大した。オプションで前輪ベンチレーテッド・ディスクブレーキとリヤLSDが用意された。

 1980年には足回りを中心とした改良が行われ、マニュアルフリーハブを装備。1982年には国内仕様のディーゼルエンジンを3B型(直列6気筒OHV3431cc、最高出力91ps/3500rpm、最大トルク21.9kg -m/2000rpm)に変更されている。そして1984年11月、後継車種となる70系が登場したことにより日本国内での生産が終了。24年間という長期にわたり、約143万台が生産された。現在でも多くの車両が活躍している。

グリルが四角くなり大型化して、ヘッドライトの間隔が広くなった1979年以降のモデル。
リヤのサイドウィンドウには湾曲したガラスが採用されている。ショート、ミドル、ロング共に共通。
初期モデルはボディサイド、76年からはドアミラーとなったサイドミラーは、80年にフェンダーミラーへ変更(国内仕様のみ)。
サイドステップは波板形状。
この車両は82年に限定車として販売されたマイティ2。ホイールは白にペイントされる。
取材車両は82年2月に発売された限定車のマイティ2。搭載エンジンは3168ccの2B型直6OHVディーゼル。トルクフルで扱いやすい。
フロントサスペンションは半浮動軸菅式、リーフスプリング。足はよく動き、大きな荷重にも耐えられる設計になっている。
リヤサスペンションは全浮動軸間式リーフスプリング。リーフスプリングの枚数や形状は車種により異なるが基本構造は同じ。
ボディ外板と同色のパネルに、メーターやスイッチ類が並ぶ。左右ハンドル共用のため、助手席側にはメーターパネルと同じ形状のグローブボックスが付く。
リヤドアは観音開き。左ドアを開くにはスペアタイヤのキャリアを先に開いておく。
リヤシートは横向き対座式。ラゲッジはかなり広い。
限定車のため生地はエンジのファブリック。79年以前のモデルはシートがビニールレザー。
横向きのリヤシートにはベルトはない。現代の基準から見れば危険かもしれない。
メーターパネルはアルミ製の枠に収まっている。最高速度は130km /hまで目盛りが刻まれている。4連メーターは右から電流、水温、燃料、油圧。
トランスファーは手動切り替え式。H2(2駆高速)、N(ニュートラル)、4L(4駆低速)とシンプル。
インパネのセンター部にはノブ式のスイッチが並ぶ。フォグ、ハザード、ワイパーウォッシャー、ライターなど。

提供元:オートメカニック



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