出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記 – 日豪プレス

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出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記
~オーストラリアでの日本食の変遷を辿る~

其の四:いよいよオーストラリア大陸へと舵を切る

ラバウルを後にして11日間の船旅は最終地に近付き、船は待ちに待ったオーストラリアへと向かいます。なぜか海の荒れも収まり順風の中を船は軽やかに、さっそうと進んでいるように感じました。

夕食のためにダイニングの方に出向くと、ピアノの音が聞こえました。ピアノに目を向けると、ピアノを弾くアジア人の女性が目に留まりました。遠くから曲が終わるのを待ってから声を掛けると、流ちょうな英語で自己紹介をされましたが、その女性は日本人であることが分かりました。お名前はヒロコ・ウエットラーさんとおっしゃいました。

ヒロコさんはスイス人のジョン・ウエットラーさんと結婚され、オーストラリアへ移住を決心され、シドニーに向かわれる途中でした。船には夫妻の家財道具まで持ち込まれているという話を聞いて驚きましたが、当時、船での旅は、荷物は500キロまで持ち込みは乗船料に含まれていましたので、彼らのように、引っ越してくる人たちにはとても便利で、荷物の輸送と旅を楽しむために船を使用されていたようでした。更には、車を持ってきている方もいました。当時、オーストラリアでは車は超高級で、ほとんどの車は海外からの中古車。オーストラリアの自動車は新車が少なく、中古車を船で持ってくる人も少なくありませんでした。

同じ船にいながら、この日、ウエットラー夫妻に会うのは初めてだったので、不思議に思い、その理由を尋ねると、船酔いに悩まされて、部屋を出られなかったということでした。パプアニューギニアを出てオーストラリアに近づくと、やっと海の荒れも収まり、船を楽しめるようになったということでした。そう言われてみると、彼らのように船酔いに悩まされていた人たちは少なくなかったのでしょう。いつも以上に夕食のテーブルもにぎわってました。デッキの方も人がいつもよりも多く出ているように感じました。

水平線の向こうにあるオーストラリアを想像すると、待ち遠しい気持ちが興奮と共に高まります。遠く向こうに島々、オーストラリア大陸が見え始めると、寄港地までの残された船旅を楽しもうという気力が一層湧き、うれしくて、興奮のあまり眠れぬ夜もありました。

いよいよ最初のオーストラリアの寄港地、ブリスベン。胸膨らむオーストラリアの大地への一歩。まばゆいばかりの青い海と空。グアム、パプアニューギニアを経由していたので、ブリスベンはもっと大都市のイメージを描いていたのにもかかわらず、期待は大きく外れ、船から見ると、人も少なく、建物も少ない閑散としたブリスベンの港で一晩停泊しました。簡単な税関のオフィスを通過し、下船しましたが、目立った建物も何もない殺風景な岸壁。遠くでのんびりとオーストラリア人の親子らしき人びとがゴム草履に半ズボンで釣り糸を垂らしていて、釣りをしている姿が目に付く以外、ほとんど何もない(後に、オーストラリアでは、ゴム草履に半ズボンというスタイルが定番だと知り、私もオージー・スタイルに近付くのですが)。

港からブリスベンのCBDまでの公共の交通が不便だったので、すぐに船に戻りました。仕方なく、停泊中の船の中で、シェフ、パーサーやソーシャル・オフィサーたちと、xxxx(フォーX)やビクトリア・ビターなどのビールを飲みながら、雑談を楽しみました。日本では、おつまみがどこからともなく出てきそうですが、彼らはビールやオーストラリア・ワインを、つまみなしで飲み続けます。驚きましたが、オーストラリアではよくあることだと、生活が始まるとすぐに気が付きました。この後、船は一路、シドニーへと進みました。


さて、ヒロコさんですが、北米やヨーロッパを舞台に演奏活動をされていた方で、シドニー下船後も何度かお会いする機会がありました。ローズビルに自宅を構えられ、お家で毎月1回、優雅なランチと共に、演奏会を開き、ヒロコさんの友人のバイオリン、フルート、チェロなどの奏者が招かれました。何も楽器ができない若い私は、年上のヒロコさんから歌を歌うように促され、最初はとても恥ずかしかったですが、ヒロコさんから「大きく口を開けて、姿勢良く、お腹に力を入れて歌うように」と、歌うコツを教わり、私なりに一生懸命、「花」などの唱歌を歌ったのを、今でも懐かしく思い出します。ヒロコさんから、ピアノを弾いてもいいとは言われましたが、全く経験のない私には、恐れ多くて、ピアノに触れることさえできませんでした。

ピアノが弾けて、人が集まると、良いエンターテインメントになると大いに感銘を受けました。後に、ニュージーランドのウェリントンで、ある宿泊先に古いピアノがあり、誰もいない時に、ピアノを弾いてみました。ほとんど初心者で、弾けるわけでもないのですが、その開放感。今でも好きです。今うちにあるピアノは、還暦のお祝いに買ってもらったものです。1人で適当に弾いて、時には昔のことを思い出しながら、楽しんでいます。



出倉秀男(憲秀)
料理研究家。英文による日本料理の著者、Fine Arts of Japanese Cooking、Encyclopaedia of Japanese cuisine、Japanese cooking at home, Essentially Japanese他著書多数 。Japanese Functions of Sydney代表。Culinary Studio Dekura代表。外務省大臣賞、農林水産大臣賞受賞。シドニー四条真流文芸師範、四條司家師範、全国技能士連盟師範、日本食普及親善大使





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