【イースタン・DeNA】1998年10月8日、池袋東口で – BIGLOBEニュース

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※こちらは公募企画「文春野球フレッシュオールスター2017」に届いた約100本の原稿のなかから出場権を獲得したコラムです。おもしろいと思ったら文末のHITボタンを押してください。

【出場者プロフィール】黒田 創(くろだ・そう) 横浜DeNAベイスターズ 43歳

 1974年横浜生まれ横須賀育ち。出版社、編集プロダクション、築地場外勤務など職を転々とした後に図鑑本『プロ野球ユニフォーム物語』の制作に携わる。05年にフリーライターとなり現在は雑誌『Tarzan』、『ベースボールマガジン』、各種ムックなどに執筆。小学3年生以来の大洋〜ベイファン。遠藤一彦は永遠のアコガレ。好物はレコード、古本、アイドル。ツイッターIDは @kiwi_allergy

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「1点ビハインドのベイスターズですが2アウト満塁、バッターは八番の進藤。絶好の同点、逆転のチャンスを迎えています」

 池袋東口の繁華街、路駐したベンツの車内でカーラジオの音声を一瞬たりとも聞き逃すまいと耳をそばだてている。98年10月8日、僕は甲子園球場にも、横浜スタジアムにさえも行くことができなかった。

入社した出版社で待ち構えていた怒涛の日々

 98年7月、横浜の飲食店で働くフリーターの僕は上野にある小さな出版社に入社した。「男性向け情報誌の編集部員」「未経験者可」「学歴不問」。子供の頃から雑誌が好きだったとはいえ、業界で働くべく努力するでもなく、一浪で入った大学すら中退した24歳の若造には就職情報誌のページがかすかな光に見えた。「男性向け情報誌」が風俗誌を指すことは察しがついたが、風俗では結構遊んでいたから気にならない。その風俗がきっかけで5社から借りたサラ金も、就職すれば元金が少しずつ返せる。当時はフリーターでもサラ金でバンバン借りられた。

 面接で禁煙パイポをくわえた編集長は開口一番こう言った。「君、雑誌で裸になれる? 風俗誌の編集者は誌上体験ページの男優が必須だから」「何でもやります」。翌週、編集長から電話がかかってきた。「他にも何人か来たけどみんな裸は嫌って言うんだよ。脱げるの君だけだったから採用ね」。その日、ベイは壮絶な打ち合いの末7点差をひっくり返して巨人に13対12でサヨナラ勝ち。権藤監督が「物の怪に取り憑かれたよう」と語った試合は僕の門出に相応しいと勝手に解釈した。

 怒涛の日々が始まった。歌舞伎町のヘルスでお客さん役で風俗嬢と絡み、大げさに射精ポーズを決めてカメラに向かいVサイン。編集部に戻ったら一晩中大量の写真のポジを切り、下手なりに彼女たちの紹介キャプションをひたすら書いた。

 編集部員は6人。編集長の舎弟的存在のシライシさんは一日中運転手に駆り出されるから実質5人だ。この人数で毎月何十軒も取材し、すべての原稿を書いていた。もちろん首位を走るベイのことは気になる。でもある日ヘッドホンでラジオを聴きながら原稿を書いていたら、野球に興味がない隣のハセガワさんから「お前がラジオ聴きながら仕事するとか百年早えんだよタコ!」とぶっ叩かれた。その日以来、ハセガワさんがいない時だけラジオを聴きながら仕事した。編集部にパソコンはなく、携帯のiモードも登場する前だった。ただ、スポーツ紙は連日ベイが一面だったからキオスクを覗くのが楽しかった。

98年10月8日、編集長のひと言で池袋へ

 9月、金券屋で10月4日ヤクルト戦のチケットを買った。この辺で優勝が決まりそうと踏んだのだ。4日は校了明けの日曜だし休める。しかし希望的予測は外れ、ベイはマジック3で迎えた3日からの地元4連戦を1勝3敗。観戦した4日も序盤で6点取られて勝てる気がしなかった。マジック2で次は甲子園の阪神戦。以前ならバイトを休み、キャッシングして甲子園に行ったはずだが今は無理。下手すりゃラジオすら聴けないかもしれない。

 小3でホエールズ友の会に入って以来、特典の招待券は毎年使い果たし、雑誌『横浜大洋』を隅から隅まで読み、負け試合だらけのスクラップブックを何冊も作った。遠藤のアキレス腱断裂に涙し、古葉監督の最終戦胴上げ拒否にやるせない気持ちになった。13連敗なんてとうの昔に経験済みだ。高2でエース中山が逮捕、高3でホエールズはなくなった。そして大好きだった高木豊と屋鋪は追い出された。ただ何となく生きてきたけど、大洋とベイのことだけは15年間我が事のように思っていた。その最高の瞬間を味わうことができないのか。

「あれ? シライシ君いねえじゃん。まあいいや、君が運転してよ」。8日夜、編集長のひと言はまさに福音だった。ハセガワさんも「仕方ねえな、戻ったらポジ切りの続きやれよ」と渋々送り出す。池袋東口の大通りにベンツを停めると編集長は「2、3時間人と会ってくるわ」と雑踏に消えた。多分広告目当てで風俗店のオーナーとの酒席だろう。運転中は編集長の好きな永ちゃんしか流せないからやっとラジオが聴ける。試合はもう8回表、ベイは2対3で負けていた。

ああ、これで優勝するんだな

 2死1塁から2つの四死球で満塁となり、打席には進藤が入る。実況が、甲子園の3塁側アルプス席と左翼席がベイファンで埋まっていることを告げる。阪神フィーバーの85年、横浜スタジアムの右翼席にも大量のトラキチが流れ込んできたのを知る身にはその様子が俄かには信じ難いが、事実進藤への大声援がスピーカーから聞こえてくる。こんな時でも苦い記憶ばかり思い出すのは大洋ファンの性だ。

「進藤打った! 1、2塁間を抜けてライト前! ローズに続いて2塁走者の佐伯もホームイン、4対3で逆転ー!」

 ああ、これで優勝するんだな。と思った。あとのことはよく覚えていない。

 コン、コン。扉を叩く音にハッと横を見ると警官が2人。窓を開けると「どこか具合でも悪いの?」「え?」「ずっとハンドルに突っ伏してたから」「いや、何でもないです」。

 バックミラーに映った目元は真っ赤だった。「大丈夫ならいいけど、ここ路駐禁止だから移動してね」。慌ててエンジンをかけた。

 ラジオからは権藤監督のインタビューが流れている。急遽横浜スタジアムのスタンドが開放され、遠藤と田代も駆けつけているらしい。僕は慣れない池袋東口でパーキングを探していた。

 98年10月8日、僕は甲子園球場にも、横浜スタジアムにさえも行くことができなかった。


甲子園球場で抱き合う佐々木主浩と谷繁元信 ©時事通信社

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