夏井 いつきさん(俳人) 四季折々を愛でる季語 父の記憶いつも“そば”に – 日本農業新聞

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夏井いつきさん

 句では、野菜や果実はもちろん、ほとんどの食物は季語になっています。「茄子」とか「馬鈴薯」とか、食べる部分だけではなくて、花もそうです。茄子の花なんかはすてきですね。「あ、こんな花が咲くんだ」と、俳句をやりだした人たちは、驚いたり喜んだりします。「蜜柑の花」は夏の季語、「青蜜柑」は秋の季語、そして「蜜柑」は冬の季語です。花を愛でる。実になれば、食べて愛でる。そんな具合です。

 「麦刈り」や「麦打ち」のように、農事に絡む季語も多いです。「田水張る」という季語では、田植えの準備を季節感として味わうので、地域によって季節が違います。季語は覚えるよりも、体験しながら理解してもらうのが正しいでしょう。「田水張る」というのが、こういう作業で、こういう光景だと、自分の体に体験させることが、季語を知るということです。知識ではなく、体験です。自分が見たもの、聞いたもの、匂ったもの、触ったものを俳句にすると考えてもらえばいいです。

 語を深く知るということは、自分の五感に体験させることですが、それが難しいこともあるでしょう。都会に住んでいる人にとっては、体験することができない季語も、実際あるわけです。そうした季語については、想像力を使って、脳の中で五感体験できるという強みが、俳人にはあります。

 句をやりだしたら、俳句を作りに歩く「吟行」が楽しくなるんです。そうなったら、想像するより、季語の現場にまず行きたくなります。現場では、自分の想像力をはるかに超えた思いがけないものにどんどん出会えます。いろんな季語の現場を体験していくと、体験の厚みが出ます。そうすると、想像力にも厚みが出る。現場の体験と想像力は車の両輪のようなもので、体験をいっぱいすると、想像力も幅が出て豊かになります。俳句作りは楽しいですよ。

 小さな頃は、愛媛県の内海村(現在の愛南町)という半農半漁の村で育ちました。郵便局長だった父は、宇和島や松山へ出張の時はいつも、「お土産は何がいい?」と聞いてくれました。妹が生まれてから、父は私のことをとても気に掛けてくれていました。私の注文はいつも「牛肉とお赤飯」でした。ひなびた田舎なので、たぶんお肉が一番の憧れだったんでしょうね。でも父はどうやってお赤飯を手に入れていたんでしょうね。苦労していたと思います。

 父が車で宇和島のステーキ屋さんに連れて行ってくれたことがありました。中学生ぐらいだったでしょうか。お肉を目の前で焼いてくれて、ナイフとフォークで食べるようなお店でした。父はテーブルマナーを教えたいわけではなく、そういう場所を体験しておくと、おどおどしなくて済む、そういうことが大事なんだと言っていました。

 その父は、私が教員になった年にがんで亡くなりました。父はにしんそばが好きでしたから、亡くなる前に少しだけ家に連れて帰った時にも、にしんそばを用意しました。食べられなかったんですけれど。

 にしんそばを食べる度に、父を思い出します。知人とそば屋へ行った時に、「いつきさん、いつもにしんそばですね」と何気なく言われたことがあって、私はなぜだか感情が吹き出てきて、号泣してしまいました。知人は驚いたでしょうね。私は父の死を受け入れるのに、結構時間がかかっちゃって。ええ、父のことは大好きでした。(聞き手 ジャーナリスト・古谷千絵)

<プロフィル> なつい・いつき

  元中学校国語教諭。新人登竜門の「俳壇賞」(1994年)、「第五回中新田俳句大賞」「平成17年NHK四国ふれあい文化賞」など、受賞多数。俳句の授業「句会ライブ」の開催、全国高校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、テレビやラジオ出演などで幅広く活躍中。俳句集団「いつき組」組長。





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