【ビルの窓拭き・その1】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第36回 – 耳マン

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本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!


【第36回】ビルの窓拭き・その1


 働いていないくせにカードキャッシングして女子プロレスを観まくるという貴族的な行いがたたり、無職BOYを乗せた火の車はブスブスと嫌な黒煙を上げ始めていた。別に芸人を目指していたわけではなく、破天荒な人生経験の獲得を切望していたわけではない。自堕落が故の緩慢な死に対しとことん無自覚に片足を突っ込んでいただけだが、バカで子供で社会をナメくさっていたとはいえ、流石にマルイの女性社員からのドゥームメタルのような絞り出す取り立て電話には恐怖のあまりオシッコちびったので、とりあえずすぐ借金返せそうな高給っぽい仕事に就くことにした。肉体労働でもなんでもいい、雑誌編集みたいなクリエイティブ業務でないとなぁとか眠いことも言ってられん。求人誌で見るページをマスコミから高給バイトコーナーへと変えたら、日給9,500円のビル清掃の会社がバイトを募集しているのを即発見&即アポ&即面接行って、あっという間に不治の病と思われていた先天性無職が治った。1日中家でテレビ見てる人からフリーターにランクアップだぜ! やったぜ、かあちゃん!

 そのビルメンテナンス会社は、東京都台東区にあった。東京の東側で働くのはこれが初めてだ。社員数10人くらいで学生に毛が生えたくらいの若いバイトが20人くらいいる中小企業で、ブルーカラーとはいっても以前行ってた底辺オヤジが多数在籍する社会の恥垢のようなダウナーペンキ屋とはまるで異なり、荒んだ雰囲気皆無でむしろ活気にあふれている気持ちのいい職場だった。支給された制服の青いツナギはダウン・タウン・ブギウギ・バンド『スモーキン・ブギ』のジャケットで宇崎竜童が着ているのを彷彿させたが、青いからなのか着てる人間が俺だからなのか、不良性は一切感じられなかった。

 ビル清掃バイトは大きく2つの業務に分かれている。リノリウム張りの床等をポリッシャーで洗って磨く床清掃と、建物の窓ガラスをシャンプーとスクイジーを使って綺麗にするガラス清掃が通常の業務だ。
 初日の仕事は復旧清掃。オフィスの経年の汚れを雑巾と洗剤を使って拭き取るという地味な作業で意外に体力を使ったが、昨年春新卒入社した会社を4ヶ月で辞め、ペンキ屋出戻ったり臨床実験出戻ったりでダメな感じに功徳を積み、93年に入ってからは3日でケツまくったバイトが3つ(ペデスタ床防音工事&英知出版『すっぴん』編集部&カラオケボックスの店員)に達し、「俺はダメだ」ということが嫌というほど骨身に染みたあとだったので、久々に後ろ暗くない気持ちで体を動かし額に汗して働いたことで(またやり直せるかもしれない)と清々しさに満ちた。1993年12月24日、クリスマスイブのことだった。

 それからしばらくの間、基本の床清掃とガラス清掃をみっちりやった後、ビルの壁面にロープを垂らし、そこに専用器具でくくりつけたブランコに乗ってビルの外側の窓ガラスを拭くことに。このバイトに入ると全員が経験しなくてはならない基本業務である。事務所の近所の4階建てくらいの手頃な高さのビルでまず練習。まぁ落ちたら死ぬぐらいの危険な作業だが、先輩バイトの方々が難なくこなすのを見ていることもあり、意外なほどすぐに出来た。そして恐怖感も意外なほどない。
 まずほとんどの人は「自分は高所恐怖症」だと思っているだろうが、この仕事をやってみてわかるのは、真性の高所恐怖症という人はそれほどいないということ。もちろん俺も高いところは怖いし、ホテルの7階のベランダの鉄柵に外側からへばりついて懸垂していたというジョニー大倉さんのことを考えるだけで肛門がキュッ!とおちょぼ口になるし、手が滑って落ちたのに全然生きていたというジョニーさんの頑丈さとロックンロールスピリットに背筋が伸びる。高いところから落ちる自分を想像して恐怖を感じるのは動物的本能だからだが、人間の知恵は、建物屋上にある頑丈な固定物(建物外部清掃作業を想定して屋上の基礎部分に設置された丸環等)にロープの根本をくくりつければ、遊園地の遊具がほとんど事故を起こさないのと同様に、安全確保が可能なことが理解できる。また、恐怖心を慣れで麻痺させることが出来るのも人間なんである。このバイトに入った者の殆どがそうだったように、俺もすぐ慣れた。入って3ヶ月後くらいには、2本のロープを振り子のように振ってかなり広い範囲の窓を一度のロープセッティングで清掃することが出来るようになっていた。麻痺にも程がある。
 「じゃあ、バンジージャンプなんて怖くないでしょう?」と言われることもある。冗談じゃない、バンジージャンプなんて恐ろしいものは一生やりたくない。高所から安全を確保しゆっくり降りながら窓を拭くのと、高所から猛スピードで落下するスリルを味わうアトラクションとはまったくの別物である。臨死体験っぽさはビルの窓拭きには微塵もない。死ぬのは嫌だし、9階自宅マンションのテラスから鯉のぼりを取ろうとしたかなんかでI CAN FLY! した窪塚洋介さんのことを思い起こしただけで、小水をパンツのなかに数滴ちびってしまっているほどである。落ちるために処置を施して死なないようにするバンジージャンプと、落ちないように処置を施して死なないようにするビルの窓拭きは、マインド的に真逆なので理解してほしい。

 ビルの窓拭きは外側だけでなく、当然ビルの内側の窓も清掃する。事務所のあった台東区某駅近辺は問屋街であり、中小企業の自宅とオフィスを兼ねた小さな自社ビルが多く立ち並んでいる。ビルの上の方の階が自宅になっている物件の清掃もよくやったが、そこで驚いたのは、平日の昼間にTシャツとトランクスの下着姿でCS放送でやってるNBAの試合の模様等を寝っ転がって見ている大人が結構いるということだった。貸ビル業や家賃収入で食っている現代の貴族みたいな人たちが存在していることを知り、彼らは何故か一様に襟まわりが伸びたパジャマ代わりのTシャツとそのままでは外出できないパンツ姿で暮らしているということも知った。彼らには何故かアメリカのバスケットボールが人気なのも知った。将来、俺もパンイチでNBAを見るような人になりたいと本気で思ったが、バスケットボールには未だに興味が持てないままである。きっと修行が足りないのだろう。

 ビルの窓拭きは、太陽の日を浴びての仕事ということもあり爽快で、人間関係も良好だったので、これまでのチンタラバイトとは違って気持ちよく続けることが出来た。毎月の固定収入も入ってきて、これで消費者金融への自転車操業借金返済生活ともお別れかと思えた。だが、一向に借金額が減ることはなく、定収があることで逆に安心し、ローンを組んであるものを血眼で買い漁って爆発的に借金を増やしていくのだった。
 そのあるものとは、中古のシンセサイザー。1993年ころからテクノとクラブカルチャーにどっぷりハマり、自分もテクノのトラックメイカーになることを夢見て、ビンテージのアナログシンセやドラムマシン、ミキサー等の録音機材を見つけ次第迷わずローンを組んで購入していた。サーチ・アンド・デストロイならぬサーチ・アンド・ローンである。う~ん、男の120回!

20歳ぐらいからずっと長髪だが、正社員時代に坊主にしたのを期に一時期短髪にしていた。髪の毛が長くて出来ないバイトが多かったので短くしていたのだろうが、ビルの窓拭きを始めてからもしばらくはこんなだった。東京堂で買ったアナーキック・ジャストメントのキャップを愛用。パチンコの景品で取ったポラロイドカメラで撮影


<次回、【ビルの窓拭き・その2】へ続く>

【著者紹介】

掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。

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