父譲りの琳派職人魂 美術館建設で騒ぐ アサヒ樋口氏 元アサヒビール社長 樋口広太郎(27) – 日本経済新聞

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 「スーパードライ」の発売でアサヒビールを業界トップに押し上げた名物経営者、樋口広太郎氏(ひぐち・ひろたろう、1926-2012)の「私の履歴書復刻版」。経営の一線を退いた後の精力的な活動は、行政や産業界にとどまらず文化の領域にも広がりました。大山崎山荘の修復をはじめ、今回は主に美術とのかかわりを語っていきます。

デザイナー 安藤氏に注文を連発 大山崎山荘修復に力注ぐ

 経営者として幸せな人生を送ってきましたが、デザイナーになっていたら、また違う面白さがあったのではないでしょうか。まあ、夢のような話ですが、もし生まれ変わったら、そちらの道に進んでみたいと思うほど興味があります。舞台装置や建築をはじめ、どんな分野のデザイナーでもいいんです。

 そんなわけで、建築家の安藤忠雄さんと、かれこれ20年近く楽しくお付き合いしています。アサヒビールが京都府大山崎町に大山崎山荘美術館を造る時、安藤さんにお願いし、いつものように言いたいことを言い合うなかで、いろいろ刺激を受けました。

 大山崎山荘はもともと、京都と大阪の中間にある天王山の中腹に大正から昭和にかけて建設された古い建物です。眼下には、木津川、宇治川、桂川の三川が合流する珍しい地形が望める風光明媚な場所にあります。山荘は英国風の文化的価値の高い建物で、これを建てられた加賀正太郎さんの審美眼の高さを物語っています。加賀さんは大阪のお金持ちの家に生まれ、大変な文化人であるとともに、ニッカウヰスキーの創業者でもありました。

 山荘は、1967年に加賀家が手離した後、転々と人手をわたり、ついにマンション開発のために取り壊されることになりました。環境破壊を恐れる地元住民が反対運動に立ち上がり、もめている最中、これに頭を痛めた京都府知事の荒巻禎一さんから相談を受けたのです。素晴らしい文化財と天王山の景観を守りたいという荒巻さんの思いに共鳴して協力することに決めました。

 こうしてアサヒビールが京都府と大山崎町の協力を得て山荘を買い取り、美術館として生かすことになったのです。安藤さんには、山荘の修復と新しい展示スペースの建設をお願いしたところ、「ホイ、ホイ」と引き受けてくれました。

美術館として生まれ変わった大山崎山荘

 “デザイナー志願”の私は、自分のイメージに合わないところに随分注文をつけました。安藤さんの斬新な設計によって、地下に埋め込む形で「地中の宝石箱」と呼ぶ新館を山荘に隣接して建てました。ところが、その上にエレベーター塔が突き出て折角の景観を台無しにしているんです。「壊すか」と言ったら、「それは無理や」とびっくりしていました。その「宝石箱」の予定地に、北米原産のセンペルセコイアでは日本最大級の珍しい木がありました。最初は伐採するという話でしたが、木を大切にする安藤さんと相談して、毎日少しずつ動かして数カ月かけて移植しました。いまでは葉も青々と茂り、ともに喜んでいます。

 もう一つ忘れられないのは、修復が完了したまさに2週間後に、あの神戸の大震災が起きたのです。もし修復の時期が遅れていたら跡形もなく崩れていたに違いないと思います。

 展示品として、アサヒビール初代社長の山本為三郎さんが集めた浜田庄司、バーナード・リーチなどの陶磁器コレクション約千点をご遺族から寄贈していただきました。それらに会社が所有しているモネの「睡蓮」の絵などを併せて展示する美術館として、96年に開館しました。

 山荘から奥へと天王山を巡る山道がのびていて、春は桜、秋は紅葉のころの美しさは格別です。ハイキングをかねて、たくさんの方々が気軽に訪れてくださるのが一番の喜びです。

 美術館といえば、東京都現代美術館(江東区)の館長を引き受けました。入館者が少ないので何とかしてほしいと、石原慎太郎知事から要請されたためです。三宅一生さんや森英恵さんらをはじめ、ファッションデザイナーがアドバイザーとして応援してくれるので心強いです。

 アイデアはいろいろあります。隣接する広い木場公園に彫刻を並べて、散策できるようにして、辺り一帯を現代美術の公園に変えてみたら面白いのではないでしょうか。展示にも様々なデザイン関係の作品を増やして、斬新なものにします。交通が不便でしたので、東京駅から都バスの新路線を設けてもらいました。

 私はもともと、琳派の漆器職人の家系に生まれたためか、芸術には昔から関心があります。まだ独身の銀行勤めの時代は、休日になると展覧会に出かけたものです。後に日本経済新聞の元社長の円城寺次郎さんに日本画家の東山魁夷さんを紹介され、お二人に京都、奈良にご一緒させていただき古今の名作を拝見する機会にも恵まれました。

 現在、文化庁長官の諮問機関の文化政策推進会議の会長を務め、文化政策について答申を2回まとめています。そうそうたる方々がメンバーで、実は恐れをなしているのですが、ここでの議論は勉強になります。

 ビールがなくても生きていけますが、食事をする時にビールなどのお酒があれば、食事がおいしくなるのはもちろん、話も弾み楽しくなります。芸術もなくても生きていけますが、私は美しいものを見、美しい音を聞き、美しいものに触れ合うことで、生活が豊かになり、大きな力が与えられると思います。

 この連載は、2001年1月に日本経済新聞に連載した「私の履歴書」および新聞連載に加筆して出版された本「樋口廣太郎 わが経営と人生 ―私の履歴書―」を再掲したものです。毎週月曜日と木曜日に更新します。2013年、日経Bizアカデミーで公開した記事を再構成しました。

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